- まえがき
- あらすじ
- 「Arc アーク」のネタバレありの感想と解説(全体)
- サイバーパンク的な描写も違和感がない
- 数学的意味合いから考えるArcの意味
- なぜ冒頭に舌を出すのか?
- なぜ芳根京子は終わりを選択したのか?
- To Be or Not to Be
- まとめ
まえがき
今回批評する映画はこちら
「Arc アーク」
石川慶監督の前作「蜜蜂と遠雷」があまりにも素晴らしく、日本映画ではお馴染みの役者人なのにどこか日本映画らしくないセンスとタッチで映画が描かれていており、実に最新作を待ち望んでいた。
www.machinaka-movie-review.com
映画に詳しい知人も絶賛しており、予告編も見たがなんとも興味をそそられる内容。
確実にハードルが上がってしまっているが、石川監督ならそんな私の期待もゆうに裏切ってくれるだろう。そう期待している。
それでは「Arc アーク」ネタバレあり感想解説と評価、始めます。
あらすじ
・「愚行録」「蜜蜂と遠雷」の石川慶監督が、SF作家ケン・リュウの短編小説「円弧(アーク)」を芳根京子主演で映画化。遠くない未来。生まれたばかりの息子と別れ、放浪生活を送っていたリナは、やがて師となるエマと出会う。リナは大手化粧品会社で、最愛の人を亡くした人のために、遺体を生きていた姿のまま保存できるように施術する「ボディワークス」という仕事に就く。一方、エマの弟で天才科学者の天音は、姉と対立しながら、ボディワークスの技術を発展させた不老不死の研究を進めていた。30歳になったリナは天音とともに、不老不死の処置を受け、人類史上初の永遠の命を得た女性となった。やがて、不老不死が当たり前となった世界は、人類を二分化し、混乱と変化をもたらしていく。芳根が100歳を超えてなお生きるリナ役を演じる。エマ役の寺島しのぶ、天音役の岡田将生ほか、倍賞千恵子、風吹ジュン、小林薫らが脇を固める。
「Arc アーク」のネタバレありの感想と解説(全体)
「#ARC #アーク」鑑賞!
— Blog_Machinaka🐻@映画ブロガー、ライター (@Blog_Machinaka) 2021年6月25日
遺体の永久保存、不老不死といった人体改造描写を、違和感なく描けたことに賞賛を送りたい。
死の意味論について考えるなんて、いつぶりだろう。そして「終わる」ことの素晴らしさを知ったのは、初めてだ。
人生の結末を映画の「終わり」で見せる。これぞ完璧なエンディング。 pic.twitter.com/Vllaew01zS
サイバーパンク的な描写も違和感がない
まず褒めたいのは、本作は不老不死や遺体の保存といったサイバーパンク的なSF描写を描いているにも関わらず、違和感なく最後まで鑑賞できることだ。
こと日本映画で、これをやってのけた意義は大きい。
遺体の保存については、プラスティネーションという人体の水分と脂肪をプラスティックに置き換える手法で遺体を永遠に保存する、つまり生かす手法が取られている。
話だけ聞いたら突拍子もないのだが、今作は遺体を直接的に描き、プラスティネーションの様子を即物的に描いていく。手首より少し手前側に管を刺し、白い液体を抽出するといった描写だけなのだが、白=プラスティックと脳内が勝手に認識するため、このシーンに何の違和感も抱かない。
そして極めつけは寺島しのぶが冒頭に見せた、遺体を糸で動かすパフォーマンスだ。劇中ではあくまで施術的な意味合いで使われるのだが、どう見てもダンスやバレエといった類の表現に見える。
結果、プラスティネーション化された遺体は完全に生きた状態になる仕組みだ。「仕組み」といったが、このパフォーマンスのカラクリは劇中でほとんど説明されない。
しかし、寺島しのぶのしてやったりの表情と動きが、我々の些細な疑念を振り払ってしまう。
これを冒頭に持ってきているため、以降の不老不死のロジックについても考えることを辞めてしまう。人間が命を操れることを、寺島しのぶが証明してしているからだ。
「考えるよりも行動で示して」といった旨の発言をする寺島しのぶだが、まさに自身の動き・行動で今作のSF要素に納得感を与えている。
日本映画は予算がない、時間がない、ないないのオンパレードに見えるが、今作のような見せ方でSFを描くことも可能なのだ。恐るべし、石川監督。
数学的意味合いから考えるArcの意味
本作の肝である「不老不死」について語る前に、全体条件を設けておきたい。
今作で考えなければいけないのは、本編の内容よりもまず、「Arc アーク」というタイトルの意味についてだ。
プログラマーとして働いた経験を持つ原作者ケン・リュウが「Arc」=円弧と名付けていることから、数学的な意味合いでのArcについて考えるに至った。
つまり、逆三角関数のことだ。
通常、sinθ=yといったように、任意の角度に対応して何らかの値が返ってくるのが三角関数。
しかし、これとは逆に、何らかの値から角度θを求めるのが逆三角関数。
直訳すれば、逆は「Inverse」なのだが、数学では慣習的に「Arc」を用いる。InverseでもArcでも意味は同じなのだが、とりわけプログラムの世界では「Arc」の方が重用される(厳密には、math.asin(引数)といったように)。
ちなみに、逆三角関数をなぜArcと称するかについては、角度をラジアン単位としたときに、三角関数を表す単位円では、
θ(ラジアン)の角度=半径r×θ(ラジアン)=円弧の長さ(r=1のため)
となり、Arcは円弧と直接関係のある用語でもある。
以上、原作者がプログラマー出身であることを考慮すると、やはり本作のタイトルに数学的意味合いを感じざるを得ない。
本題に戻ろう。なぜArcという言葉が本作のテーマである不老不死に結びつくのか。
三角関数のグラフは、下記の円グラフで表されることが多い。x,yは-1~1の範囲を取り、sinθおよびcosθの取りうる値も-1~1である。
θがどれだけ増加してもこの範囲を超えることはなく、永遠に終わらない円環構造を描く。
そう、この円環構造こそが、不老不死のメタファーになっている。
ループする物語が描かれる映画「メッセージ」でも象徴的な円環構造が出てきたとおり、円環構造は「終わらない」、「永遠」といった映画的文法を有している。
そして逆三角関数を表す本作のタイトル「Arc」は、三角関数のグラフとは全く異なる形状を描く。
三角関数とは逆に、三角比の値を入力して角度を求める数式になっている。従って、三角関数と逆三角関数は対の関係にあると言ってもいい。
この値をXとした場合、三角比の関係から、Xは必ず-1で「始まり」1で「終わる」。
三角関数のような円環構造=不老不死を描くことはない。
つまりArcには、「必ず終わりがある」ことを暗喩している。
つまり、不老不死を使わずにいつか終わりを迎える生き方に直結する。
本作のテーマは「不老不死か、終わりのある人生かの選択」であるが、この選択は三角関数と逆三角関数という対の関係に符号する。
・三角関数は円環構造で不老不死の人生。
・(Arc)逆三角関数は終わりがある人生。
そして、最後の芳根京子の選択はArc=終わりがある人生である。
彼女が手を天に振りかざし、タイトルに「Arc アーク」と表示されるのは、芳根京子はArc=終わりがある人生を選択した、というメッセージである。
言い方が悪いが、テロップで結末を説明しているのだ。
以上のように、不老不死というテーマとArcには密接な関係がある。
ちなみに、Arkは英語で「箱舟」を意味し、岡田将生が何度も口にしていた「箱舟」と重ねられている。
もちろん、本作のArk=箱舟は不老不死を意味し、Arcは先述した通り終わりある人生を意味する。
本作は日本語で撮られており、どちらも「アーク」と発音することから、同音異義語=似て非なることを表現したかったのではないか?
しかし、よくもまぁ円・円弧の関係から人生を考えたものだ。
私には想像できなかった。何度も両方のグラフを書いたのに。
なぜ冒頭に舌を出すのか?
Arc=円弧という図式が分かると、冒頭の謎のクラブでダンサーが舌を出す理由も分かる。
舌は円でなく、円弧の形状をしているからだろう。つまり芳根京子は冒頭に、舌を出す=終わりある人生を選ぶと最初に宣言しているのである。
なぜ芳根京子は終わりを選択したのか?
同じ姿で同じ一日を迎えるよりも、「新たな一日」を選択したかったのだと思う。
なるほど、これで全て納得がいく。
To Be or Not to Be
「生きるべきか死ぬべきか」という言葉を聞いたことがあるだろうか。
シェイクスピアのハムレットの名台詞であり、英語では「To Be or Not to Be」となる。
本作はまさしくこの台詞がぴったりくる、生か死かを選択する物語であり、観客に選択をゆだねる。
本作では不老不死よりも終わりある人生の方を肯定的に描いているが、あなたはどう感じただろうか?
かくいう私は、不老不死がとても魅力に感じてしまう。
酒を飲み好きな食べ物を食べ、好きな映画を見るだけで日々が幸せな私にとっては、毎日がどれだけあっても足りないくらいだ。
招来、映画という文化自体が終わってしまう(かもしれない)その日まで、生き続けてみたい。
まとめ
かなりべた褒めしてしまったが、芳根京子が不老不死となった中盤はかなりグダっとする。
TBSの「ぐでたま」と同じくらい、非常にだるいシーンがある。
芳根京子に息子がいたことを前半で話し、その後に小林薫という超大物俳優を出してくるため、誰がどう見ても小林薫の正体が分かってしまう作りは、正直いただけない。
ただし、それを踏まえてもサイバーパンク的なSF描写の説得力が凄まじいし、寺島しのぶと芳根京子の演技とダンスはキレキレ。
毎回思うことだが、石川慶監督の作品は日本映画なのに日本映画らしくないクオリティを毎回たたき出してくれる。
今度はもっと予算ある作品に選ばれて欲しい。
おススメです!!
95点 / 100点