まえがき
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「さかなのこ」
それでは「さかなのこ」ネタバレあり感想解説と評価、始めます。
あらすじ
・魚類に関する豊富な知識でタレントや学者としても活躍するさかなクンの半生を、沖田修一監督がのんを主演に迎えて映画化。「横道世之介」でも組んだ沖田監督と前田司郎がともに脚本を手がけ、さかなクンの自叙伝「さかなクンの一魚一会 まいにち夢中な人生!」をもとに、フィクションを織り交ぜながらユーモアたっぷりに描く。
小学生のミー坊は魚が大好きで、寝ても覚めても魚のことばかり考えている。父親は周囲の子どもとは少し違うことを心配するが、母親はそんなミー坊を温かく見守り、背中を押し続けた。高校生になっても魚に夢中なミー坊は、町の不良たちとも何故か仲が良い。やがてひとり暮らしを始めたミー坊は、多くの出会いや再会を経験しながら、ミー坊だけが進むことのできる道へ飛び込んでいく。
幼なじみの不良ヒヨを柳楽優弥、ひょんなことからミー坊と一緒に暮らすシングルマザーのモモコを夏帆、ある出来事からミー坊との絆を深める不良の総長を磯村勇斗が演じる。原作者のさかなクンも出演。
「さかなのこ」のネタバレありの感想と解説(全体)
「#さかなのこ 」鑑賞🐠
— Blog_Machinaka🐻@映画ブロガー、ライター (@Blog_Machinaka) 2022年9月2日
「あまちゃん」の海女のウニ漁でキャリアを開花させたのんとさかなクンがシンクロする。
まるでサーモンのような好発色のフィルムで、さかなクンの人生に彩りが加わる🌈。
サバサバした性格で時にはイカつい不良をタコ殴り!
さかなクンのアジのある人生に思わず涙をニジマス😭 pic.twitter.com/lVLl8cqBig
沖田修一監督のユルくもリアルな人生劇場が光る
沖田修一監督ならではのテンポ感、ユルさがバチばちに決まった素晴らしい作品。
正直、年間ベストに入れてもおかしくありません。
さかなクンの半生を辿る物語でありながら、割と序盤でさかなクン本人が登場し、幼少期のさかなクンと仲良くなるというファンタジーな設定も映画ならでは。
基本的にはユルいキャラクターとのんびりしたテンポ感で進み、沖田修一監督ならではの作風なのですが、1秒たりとも飽きないんです。
のんびりと言ってもエスカレーターのようにスムーズに上がっていく訳じゃなくて、階段のように一個ずつエピソードを積み立てるわけでもない。
言うなれば、エレベーターを何回か途中で降りて気になるお店に寄るみたいな作りでしょうかね。
最初は幼少期からではなくタレントになったさかなクンから物語は始まっていて、そこから小学生、中高と加速度を上げて進んでいく。
さかなクンの半生なので、てっきり魚の話ばかりだと思っていたのですが、思った以上にさかなクンの周りの人間ドラマが多く群像劇的に話は進んでいきます。
沖田監督作で言えば「横道世之介」を思い出します。
さかなクンは常に物語の中心にいて、まるで太陽のようにみんなを輝かせる。
時にはヤンキーでさえも、彼の魅力に取り憑かれていく・・・
流石にフィクションも入っているんでしょうけど、彼の「好き」に向かう真っ直ぐな気持ちの強度があれば、ヤンキーでされもタコ殴りにできるんでしょうねw
まぁ、正直言っちゃえばどー考えてもさかなクンの学生生活は大変だったでしょうよw
魚のことしか考えない、おそらくコミュニケーションも上手くできなかったでしょう(勝手な偏見ですみません)。だって、登場したさかなクンはどう見ても変質者だったじゃないですかww
あれはネタであることを信じたいですがw
あんなに仲間から好かれるようなキャラだったのか本当は分かりませんけども、常にあたたかい視線を送る小学校からの同級生、ヤンキーたち、ご両親を見ているだけで涙が止まりません。。
磯村勇斗率いるヤンキーたちの思わぬ出会いと絆。
モモコの変貌ぶりと思わぬ再会そして別れ。
そして何より、母との関係。
さかなクンが魚好きを続けられた一番の理由は、間違いなくお母さんでしょうね。
後半、お母さんから衝撃の告白が打ち明けられますけども、常に子供のために愛を注ぐ親心に涙しました。。
何があってもお母さんはさかなクンの側に立つんですよね。タコを持ち帰ろうとした時も、勉強ができなかった時も、ギョギョおじさん(さかなクン本人)と遊ぼうとした時も。
一方でお父さんは厳格で、いわゆる「普通の子ども」に育てようとしている。途中からバッサリ居なくなっているので離婚したのだと思いますが、そんなネガティブなところはバッサリカットしてさかなクンの魚好きと彼に対して肯定的なキャラクターを中心に描いていく。
なんて見てて気持ちいいんだろう。楽しいのだろう。感動するのだろう。
太陽のようにぽかぽかとしてるんですよね、沖田監督の作品って。
ファンタジーって分かってるんですけどね、だけど非日常が見れるからこそ映画ってやめられない。
さかなクンがさかなクンになり得た経緯は、偶然が偶然を呼び、まるでタコのスミから真珠を見つけ出すような話でした。
ただ、時にはリアルな場面も随所に挟まれていました。全く社会に適応できないシーンを何回も描いてますよね。
水族館、寿司屋、水槽展示、ペットショップ。魚にまつわる職場を転々としますが、やる気のないバイトの典型例みたいに死んだ魚の目をしてテキトーな仕事を繰り返す。
この失敗経験は、リアルにさかなクンも体験されたのだと思いますw
魚好きだからといって、魚にまつわる仕事をすれば成功するわけじゃないんですよね。
さかなクンの、さかなクンによる、さかなクンのための魚好きを自ら発信することが彼にとって最大の関心事だったんですよ。
そこに気づくまでの様々な苦悩と失敗がリアルで非常に共感できます。
ユルい話の中に自然とリアリティを入れることで、緊張感と共感を同時に作り出す。
これが沖田監督の唯一無二の魅力ではないでしょうか。
のんとさかなクンの半生が完全にシンクロ
性別を変え、環境も変え、映画として新たなさかなクンを誕生させた今作。
「男だろうと女だろうと関係ない」と冒頭のシーンで描かれてましたが、本当その通りです。のんはさかなクンになってましたよ。モデルのような頭身ですらっとしてるから男に見える、そういう理由じゃないんですよ。
完全にメンタリティです。シンクロニシティです。
のんは「あまちゃん」でキャリアを開花させた役者ですけど、あまちゃんの第1話を覚えていますか?
母の都合のため岩手県を初めて訪れたのんは、三陸の海で海女に憧れウニのおいしさに感激し、そこから海の虜になる。
彼女もまた、海がきっかけで自らの道を切り開いた人なんですよね。
さかなクンと共通点がなさそうで、ちゃんとあるんですよ。
だからラストシーンでのんが海に入るシーンは、「あまちゃん」の第1話が重なったんですよね。ここから全てが始まった、と。
まとめ
自分もさかなクンと同じ経験がありますよ。
小学生の頃は食べ物の好き嫌いがあったけど、興味の好き嫌いはなかった。何でも興味があって、手を伸ばして自ら確かめていた。
親に自分の「好き」を伝えて、「将来はこうなりたい!」と豪語していた。
将来の可能性に満ち溢れていた。
「サッカー選手になりたい!」「学校の先生になりたい!」って言っていた記憶もある。
でも、「将来の夢は何ですか?」と聞かれても、さかなクンのように常に決まった答えは持ち合わせていなかった。
僕の「好き」は継続しなかった。
10代の頃は、何かすごい人間になりたいと漠然とした人生目標のもと勉学に励み、まぁまぁの大学に入った。
その後大学院まで進んで研究室に入り、研究業績を積み重ねてきたけども、それでご飯は食べれなかった。
途中まで順調だった研究も、スランプに陥った。全てが嫌になった。その時は研究なんて好きじゃなかった。でも、何か業績を積み重ねなければいけない。
最初は「好き」で始めたことが「義務」に変わるのは本当に辛かった。
さかなクンが水族館に勤めた時も同じ気持ちだったのかなぁ。
やる気のない日々の中で、僕は「映画」と出会った。
研究論文はブログに取って代わっていった。
そして、さかなクンが「魚」を通して仲間を作ったように、「映画」を通じて仲間と出会った。
そして今、僕は映画が「好き」でブログを書き続けている。
今作を見て分かる通り、何かを好きで続けることは人生において何よりも強く尊いものだ。
僕もずっと映画を、そして映画仲間を好きであり続けたい。
98点 / 100点