Machinakaの日記

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映画「ウィーアーリトルゾンビーズ」ネタバレあり感想解説と評価 虚無感ゆえの反骨精神

 
こんにちは! 
 
Machinakaです!! 
 
この記事では、「ウィーアーリトルゾンビーズ」のネタバレあり感想解説記事を書いています。
 
 目次
 

はじめに

 
こんにちは! 
 
Machinakaです!! 
 
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今回公開する映画はこちら!

 

「ウィーアーリトルゾンビーズ」

 
 

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(C)2019“WE ARE LITTLE ZOMBIES”FILM PARTNERS



どんなファッションショーじゃい!!!

 

奇抜な色、服、原宿にもこんな奴らいねぇよ。渋谷ハロウィンにもいねぇよ。

 

非常に奇妙な色使い、ポップながらもサイケデリックなデザイン。

 

しかもタイトルに「ゾンビ」がついている。

 

巷では「第二のカメラを止めるな」と評されるほど、非常に評価の高い作品でございます。

 

サンダンス映画祭、ベルリン国際映画祭で賞を取っている(グランプリじゃないが)ということで、ポスターには「世界二冠」と堂々と書かれている。

 

無名の作り手によるインディーズっぽい映画が売れるのは本当に嬉しいんですけど、「カメ止め」って、ちょっと喧伝すぎやしないかい? そこまでハードル上げられてもなぁ。。

 

まだ半信半疑なんですけど、水道橋博士が「バラいろダンディ」でゲキ押ししていたので、観に行ってまいりましたー。

 
 
 

それでは「ウィーアーリトルゾンビーズ」、感想・解説、ネタバレありでいってみよー!!!!  

 

 

 

 

 

 
 

あらすじ

  
・「そうして私たちはプールに金魚を、」が第33回サンダンス映画祭ショートフィルム部門でグランプリを受賞した新鋭・長久允監督の長編デビュー作。音楽を通して成長していく子どもたちの物語を、ギミック満載の映像表現や独特のセリフ回しで描く。火葬場で出会ったヒカリ、イシ、タケムラ、イクコは、両親を亡くしても泣けなかった。ゾンビのように感情を失った彼らは自分たちの心を取り戻すため、もう誰もいなくなってしまったそれぞれの家を巡りはじめる。やがて彼らは、冒険の途中でたどり着いたゴミ捨て場で「LITTLE ZOMBIES」というバンドを結成。そこで撮影した映像が話題を呼び社会現象まで巻き起こす大ヒットとなるが、4人は思いがけない運命に翻弄されていく。「そして父になる」の二宮慶多、「クソ野郎と美しき世界」の中島セナらが主人公の子どもたちを演じ、佐々木蔵之介、永瀬正敏、菊地凛子、池松壮亮、村上淳ら豪華キャストが脇を固める。第69回ベルリン国際映画祭ジェネレーション(14plus)部門でスペシャル・メンション賞(準グランプリ)、第35回サンダンス映画祭ワールドシネマ・ドラマティック・コンペティション部門で審査員特別賞オリジナリティ賞を受賞。
 
 
 
 
 
 
 
それでは映画の感想でっす!!!
 
 
 

映画の感想

 
子供の時に親が死ぬという未知の体験。
慣れない葬式、泣けない自分。
 
とてつもない何かを失った時、子供は何もできない。
 
親の死は受け入れている、喪失感はある、悲しくもある、でも何も感情が湧かない。ただただ、虚無感さえがズシンと響く。 
 
子供とも大人とも言えない、あどけなさが残る子供達の、虚無感ゆえの反骨精神が炸裂する!!! 
 
子供×ロック×葬式×ベイベー!!! 
 
言葉にできない子供達の代弁者として選ばれた8ビットの音楽と剥き出しの高彩度配色が映える! 
 
ロックでパンキッシュでゲーミングな、あらゆるポップ要素が詰め込まれた新たなゾンビ映画だっ!!!

 

 

 

子供達は、悲しみ方が分からない

 

両親が死んでしまった12歳の子供達の夢のような冒険譚をゲームテイストで描く物語でございました。

 

ゲームテイストが出てきて配色も似ている映画としてはマイケル・セラ主演の「スコットピルグリム」があるんですけど、これは内容自体もポップで、明るい作品だったんですよね。

 

 

 

ただ今作は親の葬式で泣けない子供達、という一見すると重いテーマを描いてるのが特徴で。音楽もいいしカメラワークも独特でいいけど、結局何が伝えたいの?って思った人もいるかもしれません。

 

 

個人的には、とてつもなく大切な何かを子供が失った時、子供はどう行動するのか?どんな気持ちを秘めるのか? を子供達の精一杯の知識で映像化したのがこの映画の特徴だと思っていて。

 

結婚はおろか、人生経験が非常に乏しい子供達にとっては、親を失うことは全くの未体験。大切な人が死ぬこと自体、まぁ経験してないでしょう。もっと言えば、子供達にとっては親を失う=家族を失うことに等しいんですよね。

 

これがまだ幼稚園くらいの幼い子供だったらいいんです。まだ死ぬという概念がよくわかってないから。でも12歳の子供は、いろいろ考える力を持ってしまっている。

 

確かに親は死んだけど、それが当たり前だと思っていた自分にとっては、何が起きているのかまだ分からない。分からないからこそ、ゲームや音楽や何かに夢中になるしかない。とにかく、前に進むしかない。

 

悲しいことは分かってるし、死んでよかったなんて思ってる子供なんていない。でも、子供達は悲しみ方が分からない。どうやり過ごしていいか分からない。

 

つまるところ、感情をどうやって出したらいいのか分からないんですよ。

 

虚無感を埋めるように、反骨精神を象徴するロックチューンを歌い上げるシーンは、社会で抑圧されてきた子供達の心の叫びのような気がして、聞いてて少し涙が出ました。

 

 

 

色がすげぇ

 

なんだろう、どうにも形容できないけども、デザインは現代アート的ですよね!

 

もっと言えば、芸人のくっきーが書いたイラストみたいな配色ですよね。原色強めで、非常にクセが強い。他人の意見をまるで反映しないような主張の強い色が画面にこれでもかというほど詰め込まれてました。

 

 

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個人的な趣味としては、あまり好きではないデザインなんですけど、今回は曲のポップさとも相まって、ある意味まとまったデザインのように見えました。

 

 

 

8ビットの音楽が映える

オープニングから8ビットの音楽が全開で、あの懐かしい思い出が蘇ってくるようでした。今の子供がレトロゲームなんてやるのかなぁと思う所もありましたが、中にはそんな子もいるんでしょうね。

 

監督の趣味が炸裂してるとも言えるかもしれませんよね。

 

80−90年代のゲーム音楽は、僕も好きです。出せる音が限定されてるからこそ、独特の味が出るしセンセーショナルにも聞こえる。

 

この音楽の制約こそ、子供達の未熟さ、活動範囲の狭さを物語っているようにも感じます。

 

ただ、制約されてるからこそアートの世界では爆発することがある。それが結実したのが、このMVでしょう。

 

 


【公式MV】WE ARE LITTLE ZOMBIES (映画『ウィーアーリトルゾンビーズ』テーマ曲)

  

ぶっちゃけ歌はうまくない。全編スマホ撮影も相まって、どう考えても未熟。

でも子供であれば、その未熟さがマッチするような感じがするんですよね。

 

 

 

親の葬式で泣けないのは、普通じゃない?

 
かくいう私もですね、高校生の頃に親が亡くなった経験があるわけです。
 
まだ高校生なら、親が死んだら悲しめるでしょう、と思いきや全くそうでもなくて。
 
もともと遡れば、私の親は小5の頃に別居してるんですよ。そのあと何年もあってなくて、訃報が入ってから久しぶりの対面。
 
あの時の感情は、本当に今作のゲーム少年のような気持ちが渦巻いてました。いや、もちろん親だから悲しいんですよ? 別居した親だけど、少なからず悲しい気持ちはあったんですよ? 
 
でも、死んだ顔を確認する時だったり火葬する時だったり、全てが初めての体験すぎて、ただ淡々と「あぁ、死んでるなぁ」「あぁ、これが骨かぁ」としか思えない。
 
親が死んで悲しいという気持ちよりも、「死を間近に感じる時の衝撃」の方が勝るんですよ。
 
散々映画や小説や漫画で人の死を目の当たりにしている私ですけど、本当の死に直面した時って、悲しいとか泣くだとか、そんなこと言ってる場合じゃないんです。
 
だから、今作で子供達が普通にゲームしたり遊んだりしてる様子は、すごく普通に見えたんですよ。何もおかしいことじゃない。
あえて普通に振舞わないと、おかしくなってしまうから。
 
親が死んだのは高校生の時ですが、別居が決まった小5の時、僕は何をしていたか?
 
ただひたすら、ゲームや漫画に夢中になってましたよ。
 
とにかく娯楽を求めるしかなかったんです。その時はなぜか無性に本屋に行きたくなって、今まで読んだことなかった漫画だったりを漁りました。そして何故か、爆笑問題のエッセイ集を読んだりとかして、何かで頭をいっぱいにしたかったんです。
 
 
親が別居することに決まった、親に生命の危機が訪れている、明らかに日常が崩壊することが分かっていながらも、子供の私はただ娯楽に没頭するしかなかったんです。
 
こんな行動に出た理由が何か分からないけども、その時の自分はとてつもない何かを失った気持ちになったのは確かなんです。
 
今まで住んできた家はどうなるの? もう親と会えないの? なんで親戚の家にずっといるの? なんでお母さんは泣いてばっかなの? なんでお母さんは僕を抱きしめるの?
 
起きたことは理解できるけど、それが悲しみに繋がらなかったんです。
 
薄情者といえば、それまでかもしれません。でも、その時は何もできないんですよ。親を慰めることも、何もできない。
 
でも、虚無感はあるから、何かで埋め合わせするしかない。何かで埋めないと、時間が潰せない。
 
死んだことを受け入れたくないから、現実逃避したいから、何かで頭をいっぱいにしたかったのかもしれませんね。
 
これが子供なりの、防衛術だったのかもしれません。
 
リチャードリンクレイター監督の「6歳のボクが大人になるまで」で、何度も離婚を繰り返す子供が何をしていたかというと、ひたすらゲームに没頭していたんですよね。
 
どこの世界にいても、子供のやることは同じなんですよね。
 
 
 
今作を見て、自分の子供時代を思い出してしまいました。
 
 
 
 
 
 
子供のリアルな気持ちを見事に映像化した作品だと思います。オススメです。 
 

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