Machinakaの日記

新作映画の情報・批評を、裏ネタ満載で包み隠さずお届け




映画「82年生まれ、キム・ジヨン」ネタバレあり感想解説と評価 フェミニズム、なんて括りはしたくない

 
こんにちは! 
 
Machinakaです!! 
 
Twitterもやってます!
 
 
 
この記事では、「82年生まれ、キム・ジヨン」のネタバレあり感想解説記事を書いています。
 
 目次
 

まえがき

 

 

今回批評する映画はこちら

 

「82年生まれ、キム・ジヨン」

 
 

f:id:Machinaka:20201008211846j:plain

(C)2019 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.



どうも、87年生まれ、Machinakaです。
 
この下りによって、一体何人の映画ブロガーの生まれ年がバレることか。楽しみでしょうがない私でございます。はい、変な趣味なのは分かってますw
 
さて、韓国映画にしては公開規模がかなり大きく、シネコンでもバンバン流れていることに驚いてます。
 
大作延期がここまで影響してるのか。前だったら都内三館限定のようなものがシネコンに流れているのが今のコロナ禍の現状でございます。
 

ただ、「EXIT」も公開規模がかなり大きかったので、もうシネコンで韓国映画がバンバン流れることは当たり前になってきているのでしょうかね。

 

EXIT(字幕版)

EXIT(字幕版)

  • 発売日: 2020/04/18
  • メディア: Prime Video
 

 

  

それでは「82年生まれ、キム・ジヨン」ネタバレあり感想解説と評価、始めます。

 

 

 

 
 

あらすじ

  
・平凡な女性の人生を通して韓国の現代女性が担う重圧と生きづらさを描き、日本でも話題を集めたチョ・ナムジュのベストセラー小説を、「トガニ 幼き瞳の告発」「新感染 ファイナル・エクスプレス」のチョン・ユミとコン・ユの共演で映画化。結婚を機に仕事を辞め、育児と家事に追われるジヨンは、母として妻として生活を続ける中で、時に閉じ込められているような感覚におそわれるようになる。単に疲れているだけと自分に言い聞かせてきたジヨンだったが、ある日から、まるで他人が乗り移ったような言動をするようになってしまう。そして、ジヨンにはその時の記憶はすっぽりと抜け落ちていた。そんな心が壊れてしまった妻を前に、夫のデヒョンは真実を告げられずに精神科医に相談に行くが、医師からは本人が来ないことには何も改善することはできないと言われてしまう。監督は短編映画で注目され、本作が長編デビュー作となるキム・ドヨン。

 

eiga.com

 

 
 
 
 
 
 

「82年生まれ、キム・ジヨン」のネタバレありの感想と解説(短評)

 
 

 
 

あくまで「キムジオン」の話として捉えたい

 
 
天気予報のラジオが流れ、もくもくと家事をするキムジオンが映し出すところから今作は始まります。
 
最初は「あー、専業主婦のありふれた日常から始まるのかぁ」と油断していたのですが、そんな私の目を覚ますかのようなシーンが、すぐに始まってしまうのでした。
 
冒頭直後の親戚が集まるシーン。くつろぐ姑と料理をせっせと作るキムジオンという、嫁姑関係が際立つ構図で、すでに一触即発の気分。
 
すると予想通り姑がキムジオンに対するボヤキをポツポツと言い出す。
 
ここで普通だったら、ただただ耐えしのぶ嫁という描き方になるはずなんですけど、、嫁、ここでブチ切れちゃうんですよね。。
 
 
え!?
 
前述の通り、油断していた私は度肝を抜かれてしまいました。
 
女性の生き辛さを描くのがメインテーマだと思っていて、いかに辛いかを描くためには姑のボヤキを耐えるのが定石。
なぜ簡単に反発してしまうのか、しかもその反発が上手く飲み込めない内容であることも違和感を覚えてしまって(良い意味で)。
 
その後、女性蔑視を強調するシーンが何回も流れるのですが、個人的にはキムジオンの「社会的孤立」を描く映画でもあるなぁと感じております。
 
もちろん、社会的孤立になってしまった原因は女性蔑視の韓国社会ではあるのですが、キムジオンが孤立してしまったのは専業主婦という役割分担が大きいと思うんです。
 
専業主婦という制度も、そもそもは女性は働くなくてよいという社会の勝手な決めつけから生まれたものだと思いますが、キムジオンはその呪縛から逃れることができなくて、夫や元上司の誘いも聞く耳を持たなくなってしまって、自ら孤立を選ぶようなシーンが目立ったんですよね。
 
このような女性が生まれてしまったのも、韓国社会が悪い!女性蔑視の社会が悪い!と言うことは簡単なのですが、私は今作を「女性の物語」という括りで考えたくなくて、あくまで「キムジオンの物語」として見たいと思っているのです。
 
ラストのコーヒー店でキムジオンが怒るシーンを見ても分かる通り、キムジオンは専業主婦に対する差別・偏見を撤廃したいというよりも、キムジオンという自分自身を知ってほしいという願いの方が強かったように感じます。
 

そういう意味では、今作と似ている作品としてはアメリカのドラマで大流行した「THIS IS US」が挙げられると思います。

 

勝手な先入観でカテゴライズせずに、私自身をちゃんと見てほしい、今作はそんな願いが込められているように感じました。

 

 

 
 
 

メインテーマを描こうとするあまり、不自然なシーンが目立つ

今作のメインテーマは「女性の生き辛さ」であることは疑いの余地はないのですが、そのテーマを強調するあまり、映画的に非常に不自然なシーンが目立ったと強く感じました。
 
・地球儀
 
 
韓国の世界地図が写り、「韓国って小さい国だね」や「どこの国に行きたい?」とキムジオンの姉妹が話し合っているシーンには非常に違和感を覚えました。
キムジオンが行きたい国はスウェーデンで、近くにある日本は全く選ばない。これ、何のシーンかなぁと思ったのですが、スウェーデンは女性の就業率の高さが有名な国。
 
もしかしたらですが、女性が生きづらい韓国よりも、スウェーデンなど女性が活躍できる場所に行ってみたい、というメタファーだったのではないでしょうかね? あまりに唐突すぎてびっくりしましたが。
 
・コーヒーをこぼした時にボヤくモブ社員たち
 
子供と一緒にいるキムジオンが店でコーヒーをこぼしてしまうシーン。普通なら「大丈夫ですか?」と声をかけて助けるところを、今作では「いやぁねぇ、こんなママ」みたいなボヤキをキムジオンに聞こえるような音量で言ってしまう、女性を含む会社員たち。
これは非常にノイズになりました。明らかにキムジオンを攻撃する「意図」が見え見えな演出がモロに伺えてしまうからです。会社員たちを単純な「敵」としてみなしてしまうことで、せっかくのキャラクターが記号的・図式的に見えてしまうからです。
 
会社員→攻撃→キムジオン、のような単純な図式で括られてしまうので、あまり上手い演出とは思えないんだよなぁ。
 
 
・明らかに嫌な同僚
 
キムジオンの夫の同僚が、本当に女性蔑視な発言すぎて不自然な印象しかありませんでした。
 
セクハラ講習を受ける様子だったり、「俺は女性を分かってる」みたいな言い方をしといて明らかに分かってない感じとか、キムジオンを始めとする女性を攻撃するために作られたキャラクターになっているのが、かなり違和感がありました。
 
そりゃ今作の主役はキムジオンだし、キムジオンの生きづらさ=韓国女性の生き辛さを描くためには必要なキャラクターなのかもしれません。でも、にしてもこんなに分かりやすくヘイトが溜まるキャラを作っていいのかな、と思う自分もいました。
 
 
 

フェミニズム、なんて括りはしたくない

 
 
以上まとめると、キムジオンとその夫、および双方の家族以外は深いキャラ造形が出来ていないような印象を受けたんですよね。なんか、リアルじゃないんです。こんな奴ら本当に実在するのかよって。
 

こう思うようになったのも、ミートゥー運動が起こり女性の平等が叫ばれる現代に生きる私だからこそ、感じた違和感なのかもしれません。日本も女性の社会における活躍が乏しいと言われて久しいですが、いち社会人である私にとっては、今作に出てくるような女性蔑視を普段見かけることがないんですよ。

 

もしくは、子供の頃から生きづらさを味わってきたキムジオンの目線で描かれている映画だからこそ、あらゆる人間が女性を攻撃するような作りになっているのかもしれませんが。

 

私は男で、女性の生きづらさに共感する!なんてことは決して言えません。実際に体験したことがないので。

女性の目線からしたら共感する作りになっているのかもしれませんが、どうしても違和感がぬぐえなくて、仕方ないのです。

 

女性の生き辛さを映画で描くことは大事だし、社会の価値観をアップデートすることは必要不可欠です。

 

ただ、女性の生き辛さというテーマを描くために、ただただ主人公を攻撃するキャラクターばかり作るのは、映画という多様なメディアとして相応しくないような印象があるんですよね。

要は、映画的に上手くないところが目立ってしまっているんですよ。

 

キムジオンを攻撃するモブキャラ達は、女性蔑視だった韓国社会の歴史を物語るための装置であることは間違いありません。映画的には必要なキャラクターです。

 

でも、この映画の描き方では単にキムジオンを攻撃するような人間にしか見えなくて、描き方が単純すぎるんですよ。

 

キムジオンを攻撃するキャラクター達を見ていると、そのキャラクター達に対してヘイトが溜まってきませんか?憎くありませんか?少なくとも私にはそう見えてしまったのですが。

 

今作が韓国ではフェミニズム小説というジャンルに分類されており、映画もこれに準ずる作りになっているのでしょう。 

 

 

女性蔑視をする人間たちを許せないのも分かります。でも、だからといって対立構図を生むようなキャラクターを作るのは、いかがななものかと思います。

 

対立は新たな対立を生む。「ドゥ・ザ・ライト・シング」のラストを思い出してしまいました。対立を生むようなキャラの描き方は、あまり共感できるものではありませんでした。

 

ドゥ・ザ・ライト・シング (字幕版)

ドゥ・ザ・ライト・シング (字幕版)

  • 発売日: 2014/01/01
  • メディア: Prime Video
 

 

キムジオンは単に女性の生き辛さを象徴するキャラクターとしてのみ描いてしまっては、もったいないように感じるんですよ。

 

先程もお伝えしたとおり、今作は「社会的孤立」が大きなテーマだと考えている私としては、今作を単にフェミニズム小説として描いてほしくはないんですよ。

 

女性が主人公で女性の生き辛さを描くのがメインテーマではありますが、本当に女性蔑視社会を変えたいのであれば、もう少し多様性のあるキャラの描き方をしてほしいと思いました。

 

 

 

  

まとめ

 

色々書いてきましたが、私の主張に強く反発する方も大勢いらっしゃると思います。

 

女性蔑視を生んだ韓国社会を描くことがメインの映画であることは間違いないのですが、丁寧にキムジオンの人生を描いてくれたことを考えると、モブキャラの描き方に納得がいかないのです。

 

キムジオンと母親の「わが娘よ・・」と掛け合うシーンだったり、本当に素晴らしいシーンがあるだけに、少し残念に感じます。

 

 

 

40点 / 100点 

 

 

f:id:Machinaka:20200103143727j:plain

 
 
 以上です! ご覧いただきありがとうございました!
 
 
 
© 2015,machinaka.hatenablog.com