[はじめに]
映画とネットは切っても切り離せない関係に
最近、パソコン・スマホ・インターネットを題材にした映画が公開されてます。長いのでIT表現と呼びます。
直近では「スマホを落としただけなのに」「search」など、画面のほとんどがパソコンやスマホ・インターネットの画面で構成されている映画も公開されています。
もはや国民のほとんどがインターネットに触れ、自分のデバイスを持つようになった時代。10年前では考えられませんでした。
その変化に応じて、現代の映画のほとんどにおいてIT表現が見られるようになりました。
スクリーンにはパソコンやスマホでインターネットしているブラウザ画面がデカデカと映されるようになり、現代の映画表現として欠かせなくなりました。
従って、現代の映画を評価する時には、これらのIT表現を含めて考えることが必要不可欠なのです。
何故ならば、映画全編の中でネット表現が露出する割合が、年々増加していってると肌で感じるからです。
ネット表現を無視して今の映画を評価するなど、ありえないのです。
しかし、意外とこの現象について語る映画評論家・ブロガーが少ない。というかいない。。みんな映画のストーリーやこのキャラが良いとかの話ばっかりで、映像表現にあまり触れてる人が少ない。
ということで、新作映画ばかり見ている現代映画の申し子のMachinakaが、映画におけるネット表現について真剣に考えてみました。
基本的にネット表現は嫌いです
初めに言っておきますと、映画の中でスマホやタブレット、PCの画面が出てくるだけでイライラしてしまいます。
何故なら、映画という非日常的な映像・音響体験をする場所なのに、極めて日常的な(映画を見る直前までは自分も触っていたであろう)スマホ画面が映画の中に出てくることは、日常に引き戻された感があるんですよ。
いわゆる興ざめってやつです。
スクリーンという非日常的な大きさの画面に、スマホの画面が目一杯広がって見せられた時には、「スマホ画面なんていつでも見れるわ!わざわざ映画館で見せなくてもいい!」と憤慨してしまいます。
なので、モロにスマホ画面を写すのだけは勘弁してほしい。
だって、四六時中見てるネットの画面を、映画館にまで持ち込んでほしくないわけですよ。
Googleの検索画面とか、ニコニコ動画とかは、家で散々見てるっつーの!やめてほしいんです。
俺は映画館に映画を見にきてるんですよ、スマホの画面が見たいわけじゃない。
これ、誰か共感してくれる方がいたら嬉しいです。
映画におけるネット表現の分類
と言っても、ネット表現全てが嫌いというわけじゃない。
ということで、映画におけるネット表現を分類すると大きく分けて3つあると思います。
直接型
スクリーン全てが、インターネット画面の状態ミックス型
スクリーンの半分程度のスペースを使って、インターネット画面を切り取り、他のシーンとミックスさせて表現するタイプ。アレンジ型
スアホ・PCの画面を直接は見せない。
その代わり、CG等でインターネット画面を加工し、映画ならではの独特な映像にアレンジするタイプ。
例えば、ハッカーがキーボードを叩いてカタカタしてる時に、電脳空間みたいな映像が流れるでしょう? アレです。
この中で、僕が好きなのは「アレンジ型」です。一方で、嫌いなのが「直接型」「ミックス型」。もうネットの画面をモロに見たくないんですよね、絶対的に笑
その代わり、アレンジ型のネット表現を見るのが毎回楽しみです。
日常で溢れかえったネット表現を、映画ならではのマジックで美しいものや、これまで見たことないものに変えてくれるのは、製作者の腕の見せ所だと思います。
そのため、ネット表現が上手い映画は良作だと思います。
一方で、ネット表現に全く気を使わずに直接的にネット画面を垂れ流してるだけの人は、細かいところまで気が使えない人で、表現が乏しいと感じてしまいます。
「直接型」や「ミックス型」ばかり使ってる映画は、大して面白くないんですよ。何故なら、これらのタイプは、ネット画面を見せることにより物語の説明をしようとしているから。
ネットの画面って本当に便利なんですよ。
役者のセリフを文章にすれば、役者が喋らずとも会話劇に利用することができるし、ニュースサイトを写せばわざわざ専用の映像を作らなくても、今起きてる出来事を瞬時に伝えることができる。
つまるところ、ネット画面は映画において万能な説明ツールになるわけです。
ただ、映画において説明が仇となることもあります。
文章でばかり説明されると、映像と音響という映画の本質的な表現が損なわれ、小説と変わらなくなってしまいます。
個人的に大好きなネット表現映画
「シェフ!」ーTwitterの表現が世界一上手い映画
僕の好きなネット表現映画は「シェフ!三ツ星フードトラック始めました」です。
色んな映画のネット表現を見てますが、これが一番上手いと思います。
予告編を見ればわかります。
この映画ではジョン・ファブローとその息子がフードトラックの旅に出るのですが、映画の最初から最後までTwitterの画面が流れ続け、物語もTwitterをきっかけに進展します。
Twitterなしには始まらない映画です。
今作は極力直接的なネット画面は見せずに、Twitterに書かれたことを俳優たちが感情たっぷりに話します。しかも、ユーモアたっぷりに。
そして、映画の風景にマッチした色合い・透明度を絶妙に調整して、実写部の中に刷り込んでいます。
実にさりげなくツイッターを潜ませているんですよ!これ!!
そのために、非常に透明度を上げて、小さくし、ツイッター内の文章をわざと見えにくくしている。あくまでツイッターの文章は文字ではなく映像になってるんですよね。
さらに、ツイッターで投稿するとアイコンの鳥が羽ばたくような表現も劇中でされていて、これぞ絶対に現実では出来ない「映画でしか起こりえない表現」なのですよ!!!
日本の映画では「シェフ!」のような表現は出来てないので、この映画を見たときは感動しましたよ!!
これだ!ネットと映画ってこういう付き合い方をすればいいんじゃないかって、本気で思ったんですよ。
「Knocked Up」ーネット画面をコメディ映画のオチに利用する凄技
こんなネット表現はやめてくれ!!
SNSナレーション
日本映画で文章と音声で同じ内容を説明したら、過剰な説明だって分かるだろうがよ!!!!!
アホか!!!!