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映画「DUNE デューン 砂の惑星」ネタバレあり感想解説と評価 映画のクオリティは映画の魅力に直結しない時がある

 
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この記事では、「DUNE デューン 砂の惑星」のネタバレあり感想解説記事を書いています。
 
 目次
 

まえがき

 

 

今回批評する映画はこちら

 

「DUNE デューン 砂の惑星」

 

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(C)2020 Legendary and Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved
 

今までDUNEは原作はおろか、過去の映像化作品さえ未経験。

 

せめて過去の映画は見ておこうと、公開直前になってデビットリンチ版の「砂の惑星」を鑑賞した。

 

 

・・・チャークサという必殺技で異様に盛り上がることだけが、強烈に認知された。

他にも色々語るべきことはあるが、登場人物と専門用語の多さに圧倒されて、まだ整理が追いついていない。

間違いないのは、ヴィルヌーヴ版のDUNEも見ないとよく分からない。これに尽きる。

 

要は主人公が宇宙中から狙われていて、主人公の家は"宇宙中が欲しがる寿命が伸びる水"のカギを握っていて、その中でまだ未熟な主人公が成長と葛藤を繰り返す物語である、とだけは言える。

 

鑑賞前はスターウォーズのようにも思えたのだが、純粋な冒険活劇ではなく、中世ヨーロッパのような名家vs名家の対立が色濃く、軍隊vs反乱軍のような設定ではない。

主人公の葛藤がメインに描かれ、ヴィルヌーヴが得意とする「葛藤」の描写と相性が良いのではないか、と感じた。

 

小難しい話はおいておいて、今作が新たなSF映画の金字塔になるのではないか、と淡い期待を持っている。

 

映像化不可能と言われながら、こうして公開にこじつけたDUNE。

どうしても期待が止まらない!

 

それでは「DUNE デューン 砂の惑星」ネタバレあり感想解説と評価、始めます。

 

 

 

 
 

あらすじ

  
「ブレードランナー2049」「メッセージ」のドゥニ・ビルヌーブ監督が、かつてデビッド・リンチ監督によって映画化もされたフランク・ハーバートのSF小説の古典を新たに映画化したSFスペクタクルアドベンチャー。人類が地球以外の惑星に移住し、宇宙帝国を築いていた西暦1万190年、1つの惑星を1つの大領家が治める厳格な身分制度が敷かれる中、レト・アトレイデス公爵は通称デューンと呼ばれる砂漠の惑星アラキスを治めることになった。アラキスは抗老化作用を持つ香料メランジの唯一の生産地であるため、アトレイデス家に莫大な利益をもたらすはずだった。しかし、デューンに乗り込んだレト公爵を待っていたのはメランジの採掘権を持つハルコンネン家と皇帝が結託した陰謀だった。やがてレト公爵は殺され、妻のジェシカと息子のポールも命を狙われることなる。主人公となるポール役を「君の名前で僕を呼んで」のティモシー・シャラメが務めるほか、「スパイダーマン」シリーズのゼンデイヤ、「アクアマン」のジェイソン・モモア、ハビエル・バルデム、ジョシュ・ブローリン、オスカー・アイザック、レベッカ・ファーガソンら豪華キャストが集結した。

DUNE デューン 砂の惑星 : 作品情報 - 映画.com


 

 
 
 
 
 
 

「DUNE デューン 砂の惑星」のネタバレありの感想と解説(全体)

 
 
 
 
 

 

映画のクオリティは映画の魅力に直結しない時がある

 

最初に断っておく。

 

私は原作を読んでいない。

万全な体調で見ていない。

 

しかし、そんなことを差し置いて、とにかく私には今作との相性が悪かった。

 

今作の予習のためにデビッド・リンチ版のDUNEを鑑賞し、念のために「ホドロフスキーのDUNE」も鑑賞した。

 

映画のクオリティで言えば、今作の方が圧倒的に優れている。

 

アラキスの砂漠の美しいロングショット、他のSF作品とは一味も二味も違う宇宙船のデザイン、ハンス・ジマーの劇伴、合計のギャラはいくらなんだと気になって仕方ない豪華キャストの素晴らしい演技、どれをとっても最高のクオリティだ。

 

しかし、私の琴線には全く触れなかった。今作に登場する見えないシールドのように、今作の私の心には決して破れない壁が存在していた。

 

しかし、肝心のキャラクターに魅力を感じなかったのだ。

ティモシー・シャラメ演じるポールの成長と葛藤に、全くノレなかった。

この一言で、いかに私がハマってないか良くわかるだろう。

 

ドゥニ・ヴィルヌーヴの感情を抑えた演技演出や、暗い画面設計も、相性が悪かった。

 

あくまで自分の好き嫌いであり、技術的には本当に素晴らしいしクオリティも高いはず。しかし、一筋の光も手繰り寄せることが出来なかった。

 

ハルコンネンの暴力や皇帝の策略に苦しめられながらも、アトレイデス家と自分のためにアラキンのスパイスを守り抜く姿は素晴らしい。冒頭の裸シャラメも堪能した。

 

が、ポールは私にとって自分との関係値があまりにも低かった。

当然ながら、ルックスが似てないとか、そういうことを言ってるんじゃない。

名家の息子として英才教育を受け、家業を次ぐ気概に満ち溢れているのが暑苦しいわけでもない。

 

壮絶な試練の連続にも関わらず、彼は飄々とやっけてのけているように見えてしまうのだ。

 

パッションがない、という一言に尽きるのかも知れない。

 

パッションを直接的に見せない映画も好みではあるが、今作にはどうしてもパッションを見せてほしかった。「俺がアトレイデス家を次ぐのだ!」という意思を見せてほしかった。

 

デビッド・リンチ版DUNEや、ホドロフスキーのDUNEを見て、DUNE=パッションというイメージが定着してしまったのも否めないが、とにかく相性が悪いという他ない。

 

どんなにクオリティの高い映画を見ても、時として映画の魅力に直結しないところがあることを強く感じた作品であった。

 

 

 

重厚感が逆に重苦しい

 

「メッセージ」や「ブレードランナー」でも見せたように、ドゥニ・ヴィルヌーヴが手掛ける映画は重厚感がずば抜けている。

 

巨大な飛行船、現実にはありえない巨大都市、クリーチャー。

カラフルではなく、モノクロ味の強い配色。

薄暗く、コントラストの低い幻想的な画面設計。

 

いずれも彼の特徴で、こういった演出が気に入っている人もいるだろう。

 

重厚感のある今作は、私にとっては重苦しい内容となってしまった。

 

序盤、まだアラキスに向かう前の画は良い。

室内で剣の訓練をしてるシーンも良かった。皇帝と謁見する壮大なシーンも良かった。

 

が、アラキスに到着して以降、個人的にはノレない画の連続だった。

 

常に薄暗く、肝心のサンドワームの登場も画に迫力がない。

迫力があるのは、劇伴だけだ。

 

もちろん、映画館のスクリーンいっぱいに広がるサンドワームは大きな存在に見える。しかし、明度や彩度やコントラストなど諸々の画力要素が、迫力を表現するには適値とは言えない。

 

そんな細かいこと、と思うかもしれない。

しかし、それが私の映画の見方だ。

 

劇伴であれだけ迫力あるように見せているのだから、カメラワークもダイナミックなのだから、色彩的にも迫力あるものにしてほしかった。

モノクロ味の強いサンドワームは、砂漠の色に負けている。

 

ただ重苦しく見えているだけで、迫力は感じない。

 

とにかく彼の作品は、色彩的に好みではないのだ。

それが私にとっては、致命的なマイナスになる。ただそれだけのことだ。

 

 

 

まとめ

 

もう一度見よう、という気力さえも起きない。

 

またいつか、何年後かに、自宅で鑑賞してみたいと思う。

 

59点 / 100点 

 

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