Machinakaの日記

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映画「シン・エヴァンゲリオン劇場版」のネタバレ・あらすじ・感想を調べる前に知って欲しい庵野秀明の正体

 
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この記事では、「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の公開記念ということで、鑑賞する前に知って欲しい庵野監督の作家性やエヴァンゲリオンで描こうとしているものを、考察していきたいと思います。
 
鑑賞後のネタバレありの記事はコチラ。
 
 
※注意
この記事は公開前に書きましたが、本作に関わる重大なネタバレを偶然にも含んでしまいました。作品の楽しみを維持するためにも、是非とも鑑賞後にご覧ください。
タイトルと矛盾した趣旨の文書で申し訳ありませんが、ご了承ください。
 
 
 目次
 

まえがき

 
2021年3月8日、緊急事態宣言の中、一本の大作が公開される。
 
それは、

 

「シン・エヴァンゲリオン劇場版」

 
 

f:id:Machinaka:20210303212807p:plain

(C)カラー
 
事前に言っておくが、この記事を書いているのはまだ鑑賞前の段階であって、タイトルに書いてあるようなネタバレ・あらすじ・感想を述べるモノではない。
 
本作のネタバレやあらすじ・感想・解説・評価などを調べる前に是非とも知って欲しいことは、そもそも庵野秀明が何者で、エヴァンゲリオンで何を目指しているのか、についてである。
 
もちろん、シンジたちは今後どうなるんだとか、ファイナルインパクトで何が起きるのかとか、物語自体の結末も大変気になるところではある。
 
旧劇場版のようにLCLのスープになる結末なのか、テレビ版のようにシンジの内的世界が描かれてしまうのか、バッドエンドなのかグッドエンドなのか、気になって夜も眠れない気持ちは分かる。
 
が、多くのエヴァファンが知っているように、エヴァは画面の中の物語で納まるような代物ではない。
 
画面の外の世界から映画を語る、つまりメタ的な視点でエヴァを語ることも大事だと思う。これが本記事の出発点である。
 
本作の公開に際して、エヴァンゲリオンの解説・考察サイトを多く読んだ。しかし、その多くは画面の中に出てきたモノについて触れたものであって、メタ的な視点といっても聖書や神話に関するモノが多かった。
 
何故、庵野秀明自体について深堀した記事が出ないのか。また、なぜ庵野の実写映画が語られないのか(シンゴジラを除く)、非常に気になった。
 
エヴァを理解するためには、エヴァを作った人を知ることが一番の近道だ。
 
庵野という映像作家は、画面の中だけで語ろうとしない。
画面の外にも、庵野のキャンバスは広がっているのだから。
 
ということで、本記事の序盤では本作「シン・エヴァンゲリオン劇場版」を見るにあたって知って欲しい庵野秀明の作家性について、映画的側面から語っていく。
 
後半では、上記を踏まえてエヴァンゲリオンで庵野秀明が目指しているモノについて、語っていく。
 
この記事を、全てのエヴァファン、そして庵野秀明ファンに捧げる。
 
(アニメ「SHIROBAKO」より、©P.A.WORKS)
 
※参考記事
5年ほど前、「シン・ゴジラ」で庵野秀明について書いたモノ
 
 
 
 
 

 

 

 

 
 

本作のあらすじ

  
庵野秀明監督による大ヒットアニメ「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズの完結編。1995~96年に放送されて社会現象を巻き起こしたテレビアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」を再構築し、4部作で新たな物語を描く「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズ。2007年に公開された第1作「エヴァンゲリオン新劇場版:序」、09年の第2作「エヴァンゲリオン新劇場版:破」、12年の第3作「エヴァンゲリオン新劇場版:Q」に続く今作は、庵野総監督の下、テレビシリーズから新劇場版までシリーズに深く携わってきた鶴巻和哉と、新劇場版シリーズで副監督など務めてきた中山勝一が監督を担当し、新たな結末が描かれる。テーマソングは、これまでの新劇場版シリーズも担当した宇多田ヒカルが引き続き手がけた。タイトルロゴには「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の最後に、楽譜で同じところを繰り返す際に使用される反復(リピート)記号が付く。

 eiga.com

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

庵野が影響を受けた実写映画とは

 

まず、庵野が影響を受けた作品について語っていく。 

 

エヴァンゲリオンは、「帰ってきたウルトラマン」の影響を色濃く受けていたり、

(物語の背景にキリスト教があること、ウルトラマンの造形、5・6話の首都壊滅、岡隊員演じる桂木美加→葛城ミサト、本編中にインサートされるタイトルクレジットの出し方など) 

DVD 帰ってきたウルトラマンコレクターズBOX

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「風の谷のナウシカ」など、自身が参加した作品にも多く影響を受けている。

 (自信が担当した巨神兵のシーン、荒廃的な世界観など)

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庵野が特撮・アニメの影響を受けていることは他の記事でも多く語られているが、実写映画の影響を忘れてはいけない。

 

まず、市川崑を抜いて庵野は語れない。

編集のテンポ、カメラワーク、残酷でシリアスな展開の中にユーモアを加える演出、何より独特の明朝フォントのオープニングづくりなどは、「犬神家の一族」が象徴的だろう。

 

犬神家の一族(1976)

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また、国立競技場などのメガストラクチャー、街の風景の撮り方は「東京オリンピック」の影響を受けている。

東京オリンピック

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また、岡本喜八の影響も大きい。特に「沖縄決戦」や「日本のいちばん長い日」などのテンポの良い会議シーン、悲劇を喜劇として描く作風など、彼なくしてエヴァはない。

どれほど影響を受けているかは、シンゴジラを見てもらえばわかるだろう。(劇中の学者として、岡本喜八監督の写真が登場する)

 

激動の昭和史 沖縄決戦

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日本のいちばん長い日

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 また、ウルトラマン繋がりだが実相寺昭雄の影響も大きい。逆光や極度に低い・高いローアングルの斜め撮りなど。 

 

 

 そして、「帝都物語」で平将門を現代に再生させて世界を征服しようとする加藤。

彼の手袋や死んだ者を生き返らせようとする目的などは、碇ゲンドウを彷彿とさせる。

 

帝都物語

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そして、長谷川和彦監督作「太陽を盗んだ男」の影響も見逃せない。

地球を滅ぼしかねない危険物を盗み、己の計画のために利用するといった設定や、劇中に流れる「YAMASHITA」はエヴァでも頻繁に流れる。

 

また、個人的な意見だが加地リョウジのキャラクターは今作の沢田研二と菅原文太から来ていると思う。

 

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以上、庵野秀明が影響を受けた実写映画について語った。

 

まとめると、これらの実写映画を庵野は自信の作品にオマージュとして捧げているシーンが多数あり、このオマージュこそが彼の作家性に繋がってくるのではないかと思う。

 

 

  

 

庵野の作家性は「死と再生」を具現化すること

 

つまり庵野は、一度は「死んで」しまった過去作を蘇らせ、自身のオリジナルのパートも含めて、「新生」させることをライフワークとしており、ここから「死と新生」="Death & Rebirth"というメタファーが読み取れないだろうか。

 

そして、「死と再生」を描くことが庵野秀明の作家性なのではないか。言い換えるなら、これが庵野なりの「補完計画」ではないだろうか。

 

以上の文脈を踏まえると、人類の「始まり」を描いた最初の作品は旧約聖書であり、キリストの死と復活≒再生を描いたのは新約聖書である。

 

つまり、これらの作品は庵野が描く「死と再生」というテーマにおいて先駆者的存在であり、エヴァでは旧約・新約聖書に対するオマージュを捧げていると思われる。

 

 旧劇場版でも新劇場版でもガフの部屋を描き、人類の「始まり」の姿を描く。これは紛れもなく、「死と新生」の最たるものである。

 

ちなみに、1997年に公開された「シト新生」は、言い換えれば「死と新生」と考える事もできる。

 

「シン」エヴァンゲリオンなど、普通ならば漢字にすべき箇所をカタカナにする傾向がエヴァンゲリオンシリーズには存在するが、「使徒」ではなく「シト」と表現したあたりも、こうしたメタファーを入れ込むための手法であると思われる。

 

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また、「シンゴジラ 」のラストにて竹野内豊が「我が国はスクラップ&ビルド」で立ち上がってきた」というセリフがあるが、これも死と新生と非常に関係するワードではないだろうか。

 

 

 

庵野秀明とタランティーノの共通点

 

ちなみに、庵野のように過去作を「新生」させる映画作家は海外にも存在する。

 

デビュー作「レザボア・ドッグス(1992)」で彗星のごとく現れたクエンティン・タランティーノだ。

 

西部劇(マカロニ・ウエスタン)や香港ノワール、石井輝夫など60年代のバイオレンス邦画、その他全世界の映画のオマージュを多数散りばめ、一本の映画として「新生」させた。

 

過去作をサンプリングするという点では、世界的に見ると庵野よりもタランティーノの方が有名であろう。

 

タランティーノは90年代の過去作のサンプリング文化の先駆者であり、庵野秀明の作品もこの文化の中に位置づけられる。彼の映画が90年代の音楽・映画などカルチャー全般のムードを作ったと言ってもいい。

 

レザボア・ドッグス

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 ちなみに、庵野の実写作品「ラブ&ポップ」のラスト&エンドロールでは、横一列になって女子高生がゆっくり歩くシーンがあり、これは「レザボアドッグス」の名シーンのオマージュだと考えられる。

  

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そんな タランティーノにとっての「死と新生」は、映画の中で「過去を改変し、新しい歴史を生み出す」ことである。

 

「イングロリアス・バスターズ」では、ナチスの総統ヒトラーおよびナチスの将軍たちを映画館で皆殺しにするという名シーンを生み出し、新たな歴史を新生させた。

 

イングロリアス・バスターズ(字幕版)

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また、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」  では、カルト教団に殺害されたロマンポランスキーの妻であるシャロン・テートを映画の中では殺さずに、「死」の状態から「新生」へと転換させた。

 

一度死んでしまった人物を新生させようとするのは、実相寺昭雄「帝都物語」における加藤であり(平将門の新生)、庵野秀明「エヴァンゲリオン」における碇ゲンドウであり(ユイの新生)、そしてタランティーノもシャロン・テートを新生させようとしたのである。

 

www.machinaka-movie-review.com

 

 

このように、庵野とタランティーノは、

 

・過去作をサンプリングし自身の映画として新生させる

・死んだ人を新生させる

 

といった、「死と新生」という共通点で結ばれている。

 

庵野とタランティーノ、くしくも同じ90年代に注目された作家である。

 

 

庵野秀明を語る際に、多くは庵野秀明自身の作品によって語られる場合が多い。

 

その次は「ウルトラマン」や「ヤマト」など、特撮・アニメの影響を指摘することもあるが、実写作品の影響について語る人は少ない。

 

とりわけ、庵野秀明の作品と洋画との比較を行う人はさらに少なく、この記事で取り上げておきたかった。

 

実写映画も好きな私としては、やはりタランティーノとの親和性を庵野秀明に感じずにはいられないのだ。 

 

また、映画という全世界的に普及しているメディアであるからこそ、庵野をどのような位置づけにするかを邦画だけで決めたくない。

 

70億人を超える人類が住む地球の中で、庵野だけが「死と新生」を描いている訳ではない。エヴァファンの方は、是非ともタランティーノ作品も参照されたい。

 

 

 

 

庵野秀明は現実志向を「希望」する人である

 

過去作をサンプリングし、「死と新生」をテーマに作品を作り続ける庵野であるが、彼自身は永遠に過去(作)に囚われている人間なのだろうか。

 

何度も何度もエヴァンゲリオンを作り直し、過去と向き合い続けている人ではあるが、その内実はどうなのだろうか。

 

庵野監督の実写監督作品「式日」に、庵野監督の映像作家としての想いがナレーションという直接的な表現手法によって露出している。

 

エヴァンゲリオンシリーズを初めとした特撮オマージュのアニメ映画には絶対に語られないようなことが、今作には込められていたので、紹介したい。

 

式日

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この作品で庵野の分身と思われる主人公(岩井俊二が演じている)は、現実に目を向けようとするも常に幻想や妄想から逃げ出せない人物である。

 

一方、ヒロインの藤谷文子は現実から逃げたい女性を演じている。

 

この作品で特徴的なのは、「今日は何の日?」と藤谷文子が尋ねると、岩井俊二は「今日は君の誕生日だろ?」と何日も繰り返すシーン。

 

実際には1年に1日しかない誕生日=Birth dayを複数日設けることで、新生=Rebirthを描いているように思える。劇中のセリフとしても使用されているが、「虚構の構築」こそが映画であり、庵野自身もそのような認識を持っている。

 

岩井俊二はそんな彼女に寄り添いながらも、現実を見るように説得させる。そして、彼女の本当の誕生日を聞いて映画は終わる→現実に目を向ける。

 

このことから、庵野は現実に目を向けたい希求が人一倍強いように感じる。

 

そのため、エヴァンゲリオンにハマり、憑りつかれてしまったオタクたちに厳しい発言をしたのも、彼が現実志向であるためと考えられる。

 

「式日」における藤谷文子は、妄想に憑りつかれ現実を見ようとしない。これは一部のオタクにも当てはまるように感じる。エヴァを好きであることは良いが、好きすぎるがあまり現実から目を背けてほしくない、というメッセージなのかもしれない。

 

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

 

しかし、だ。

 

過去に憑りつかれている最たる人は、庵野自身である。

 

かつてウルトラマンや特撮や実写映画にハマりオタク中のオタクとして名を馳せた庵野だが、彼は作品で「現実に目を向けろよ」と言っているのである。

 

 

 

  

 

庵野は「シン・エヴァンゲリオン」で何を目指すのか、我々は何を受け取るべきか

 

以上の文脈を踏まえて、明日公開される「シン・エヴァンゲリオン」で庵野は何を目指すのか、そして我々は何を受け取るべきなのかを語っていきたい。

 

既に多くのメディアで語られているが、タイトルにある「:││」は音楽で反復記号の終わりを示すものである。

 

エヴァンゲリオンはテレビシリーズから始まり、旧劇場版、そして新劇場版と2回の反復を繰り返してきた。

 

紛れもなく、「:││」は反復して描かれてきたエヴァンゲリオンの終焉を意味するものであり、ついに庵野秀明はエヴァから解放される(はず)である。

 

また、タイトル冒頭に付いている「シン」は、シンジ=神事の「神」ではなく、「新生」の「新」であると考える。

 

つまり、一度死んだものを蘇らせ「新」たな作品として「生」み出すことであり、これは「シンゴジラ」や「シンウルトラマン」などの「シン」にも通じるものである。

 

ゴジラもウルトラマンも、既に公開から60年近く経つものであるが、庵野によって「新生」するのである。

 

この文脈を踏まえると、「シン・エヴァンゲリオン」というタイトルは、自身の作品に関しても「死と新生」を行おうとしている。

 

タランティーノのごとく、これまでの過去のエヴァンゲリオンをサンプリングしながら、全く新しいエヴァンゲリオンを作ろうとしているのではないか。

 

予告で描かれたファイナルインパクトという「オタク」が喜びそうな展開も、描かれる保証はない。

 

エヴァンゲリオンで重要なのは、エヴァンゲリオンの中にあるストーリーだけではない。その外側にあるストーリーを、庵野が描きたいもの=「死と新生」を受け取ることが何より大事なことではないか?

 

旧劇場版では「人類の始まりの状態」に戻り新たな人類として「新生」させた。

また、新劇場版のQまでは加持リョウジがアダムの胎児ではなくネブカドネザルの鍵をゲンドウに渡し、人類が神の領域に踏み入れたことを描いた。

 

この改変は、「死と新生」というテーマを描くにあたってどのようなガジェット、物語が最適なのか、反復を通して模索しているとしか思えない。

 

※過去作を自身の手でブラッシュアップし、常に最新・最適の状態に施すのは、庵野以外にもジョージ・ルーカスという監督が実行している。父親と子の対立や、世界を救う運命にある主人公など、エヴァとスターウォーズとの関連性は深い。

 

 

そして、エヴァンゲリオンのタイトルに「シン」が付いてしまった以上、エヴァ製作の反復行為こそが「死と再生」の対象になっているのではないか。

 

自身の作品でさえも自身の作家性に組込んでいる、ということだ。

 

テレビ版が第1の使徒アダムだとしたら、旧劇場版は第2の使徒リリス。

そして新劇場版では、TV版と旧劇が重なった時に、エヴァの終わりが来るだろうか。

そんな自身の作品をサンプリング・メタ化した作品になるのかもしれない。

 

 

エヴァンゲリオンにおいて、庵野が最も苦戦したのは物語の結末、終わり方である。

 

そういう意味では、エヴァとは「終活」をひたすら繰り返す作品でもある。

 

我々観客としては、エヴァがどのような「終活」を迎えるのか、受け止めればよい。

そして、人の死に方に良い悪いもない。どんな人にも、花束は向けられるのだから。

 

 

最後に

この記事を書き終えたのは、2021年3月8日の午前2時前。

つまり、エヴァンゲリオンの初回上映の5時間ほど前である。

 

もちろん、私自身も初回の上映に参加する予定だ。

 

 

もっと早く寝れると思っていたが、この記事を初回上映までに終わらせておきたかった。

 

シン・エヴァンゲリオンのネタバレやあらすじがネットに流れる前に、そもそも庵野の作家性や目指すモノを紹介し、エヴァをスクリーンの外側から眺める方法を皆様と共有したかった。

 

シン・エヴァンゲリオンがどのような結末になろうと、自分の意に反しても、決して怒ってはいけない。

 

何故なら、映像作品とはレールの上を辿って歩き続けるものであり、自分の道を作り歩くことは許されない媒体だからだ。結末は自分で変える事が出来ない。

 

庵野がしきりにレールを描くのは、そんな映像作品の運命性を表しているのかもしれない。

 

長々と書いてきたが、私自身の庵野秀明というレールに乗り、終点を目指したい。

 

そして、劇場で「おめでとう!おめでとう!」と、エヴァが終わったことにまずは拍手しようではないか!!

 

全てのチルドレン、いや全てのエヴァファンに祝福あれ!!!

 

寝坊しないように頑張るわ!!! 

 
 以上です! ご覧いただきありがとうございました!
 
 
 

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